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ファンももらい泣きV 中日セ・リーグ2年ぶり優勝

思わず、ファンももらい泣きする、落合監督号泣。
落合博満監督(52)率いる中日が10日、巨人を延長12回の末、9―3で破り、2年ぶり7度目のリーグ優勝を飾った。「オレ流」とも「孤高の打者」とも呼ばれる指揮官は、試合終了直前から号泣。クールな外見の下に隠されてきた熱い心情を見せた。就任3年で2度以上の優勝を果たしたのは中日の監督では初めてだ。信頼こそが選手の力を引き出す。その信念は揺るがなかった。

 涙が止まらない。号泣だった。延長12回。グランドスラムのウッズを出迎え、抱き合った。ベンチに戻り、白いタオルで何度も顔をぬぐった。大粒の涙がつたう。何度もタオルで顔をぬぐった。そしてやってきた至福の時。就任1年目の歓喜から737日、2度目の儀式で東京ドームの天井が4度近づいた。

 「すみません、涙もろいもので…」。大歓声が降り注ぐ優勝監督インタビュー。声が途切れてなかなか出てこない。やっと絞り出した言葉は「ありがとう」だった。

 「今年は何があっても優勝しないといけない、させなきゃいけなかった。選手がやってくれるとは思っていたが、素晴らしい選手に恵まれました。ありがとうの一言です」

 クールな勝負師。オレ流の男。そんな風評を持つ指揮官が言葉を詰まらせた。就任1年目の04年、落合監督は支配下選手70人中57人を使って優勝した。今季の起用は47人。少数精鋭故に個々の能力を最大限に高めた。チームづくりを支えたのは、3冠王としての経験だった。

 初優勝した04年とほとんど同じ戦力。唯一変わったのが4番だった。「打線は4番を一番最初に決める」との構想が根本にあった。そこで04年オフ、横浜を自由契約となったウッズを獲得。その4番が期待通りに打線の中核を担った。47本塁打、143打点。優勝を決めた試合でも2本塁打、7打点を記録した。信頼こそが選手の力を引き出す。そんな哲学が正しかったことを証明した。

 ロッテでの現役時代の86年。4番・落合の打率が2割を切った4月中旬、当時の稲尾和久監督から突然の訪問を受けた。信子夫人が「4番を変えてください」と頭を下げると、稲尾監督は笑って言った。「今は落合博満の弟が打っているだけ。そのうち兄貴が打ってくれるだろ」。自らの経験を指導者となって生かした。

 それだけではない。改革に競争原理も導入した。チームの顔だった立浪に代え、7月中旬から森野を三塁に固定。その森野は内外野用のグラブ4個を常に持っている。「プロは試合に出てなんぼ。オレも現役時代カバンにグラブを3種類入れていた」。自らと同じ道を歩ませ、プロ10年目の森野を開花させた。

 昨季、15勝21敗と負け越し、優勝を逃す最大の要因となった交流戦期間中のこと。家族3人で映画「電車男」を観賞。思いを好きな女性になかなか告げられない主人公に「うちのチームみたいだな」と苦笑いした。選手へ意図が伝わらないもどかしさ。「でもな、自分が何をすべきか理解しないと本当の強さは生まれない」。あれから1年。選手たちはたくましくなった。巨人の開幕ダッシュにも慌てず、交流戦で貯金5。6月13日に首位に立って1度も明け渡さず阪神の猛追もしのぎきった。

 折に触れて助言してきた福留は首位打者を独走し、延長12回に決勝打を放った。ウッズと、打撃3部門を独占する2人が劇的な優勝を決めた。かつての3冠王の遺伝子は選手に受け継がれている。

 「絶対に泣くまいと思ったんだけどな。年取ると涙腺が緩むんだよ。こんな勝ち方したら涙も出るよ」

 2年ぶりの優勝。それも通過点でしかない。
目標は52年ぶりとなる日本一。この歓喜は落合野球の序章にすぎない。本当の高みまで、あとわずかである。(引用:スポニチ)

Posted by yougo : 08:54 | Comments (0) | Trackbacks (1) | Page Top ▲

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